西洋文化の構成について
by Steve McCarty
Original print publication: 『香川短期大学紀要』23, 23-24 (1995).
はじめに
西洋人と東洋人は、お互いに不思議に思いあい、あこがれと不信の両方をもっている。日本人にとって、どうしてアメリカ人が同時に合理的、宗教的、暴力的であるかというような質問に決して答えられていない。そこで、西洋文化の複雑な構成を説明してみるモデルを簡単に紹介したいと思う。
このテーマを語るきっかけは、香川県主催の94年度異文化理解講座の講師として、「西洋文化の構成と東西比較文化」について講演したおりに、どういう風にか、自分の文化的遺産を説明しようと試みて、この下のモデルを描いてみた。
テーブル型のモデル:西洋文化の構成
[テーブル台:]
@西洋人の文化的アイデンティティ
[4本の足 (次元),下から FGH,IJKL,M,N:]
A現在 H多元論・不可知論 L科学・技術・心理学 Mそれぞれの地元の歴史的経験 N執筆者・天才等の個人の活躍
` ` ``` `` ``` `Kドイツ等の哲学
B0 A.D. `Gキリスト教 `Jローマ帝国
` `` ` ` ` `` ` ` Iギリシャの黄金時代
C千年B.C. Fユダヤ教
D次元: ロ 信仰 ワ 思想 ン 社会 ゙ 個性
E葛藤: ロ と ワ, ン と ゙
モデルの解釈
@は、現在の西洋人にある文化的状態を代表している。西洋文化というのは、約3千年前Cに始まる。ユダヤ教の信仰Fとギリシャの思想Iが文化的柱の基礎であると考えられる。
それぞれの世代の人々が当時までの累積的歴史からスタートをしたが、主な影響は4つの柱(a)〜(d)でイラストされている。しかし、この4つはオーバーラップがあるから、柱は次元Dとして見做せばよい。又、この4つの次元で、西洋人の心理的矛盾がある程度片付けられると思われる。同じ人物の中、信仰と思想、社会と個性が常に葛藤Eしている。特にBの頃からのキリスト教GがIからLの合理性と益々葛藤している。その結果、信仰の柱では、最近Hのような不安定があると思われる。また、MとNも常に葛藤している。ある社会のやり方や常識がその地元の歴史的経験で構成されているけれども、それに従わない個性で変革されている。個人にとっては、よい影響もダメージも両方受けることになる。悪い天才も倫理を高める天才も社会的・歴史的インパクトがあったと考えられる。
西洋思想の発達についての一部概略
西洋思想の元はギリシャの黄金時代であった。ホーマーがオリンピア山の神々を描き、アテネは世界最初の民主主義社会(ポリス)であった。ヒッポクラテスの誓いである「害しない」という言葉はまだ現在医学の倫理的基本である。コパーニカスより1,700年前、アリスターカスは、地球が球形であるということをもう知っていた。ソクラテスの学徒のプラトンとその学徒のアリストテレスがもっとも西洋思想に影響を与えたと考えられる。
アリストテレスの学徒のアレクサンダー大王 (356-323 B.C.)がローマ帝国の先駆者であった。ローマ帝国でラテン語が広がり、英語もラテン語に大きく影響されている。
中世には、疫病と戦争がヨーロッパで広がった結果、暗黒時代となった。それが立ち直った後、ルネッサンス (14-16世紀欧州の文芸復興)が始まった。それから、人権への苦闘がだんだん進んできた。米国独立戦争のモットーが「命、自由、幸福」の人権であり、フランス革命が同じく「自由、平等、友愛」であった。米国南北戦争でも、自由という人権が広がった。
東西比較文化についての一例
つまり、ずっとこの世紀の冷戦まで、自由を広げたり、守ったりするために、アメリカの国民が戦わなければならなかった。上記のモデルの社会面のように、アメリカの歴史的経験には、暴力にはそのようなメリットがある。その概念が文化的常識の中では許されているので、暴力の濫用がコントロールしにくくなっている。
一方、戦後の日本人はまだ個人の自由のために争ったことはない。最近少しずつそういった傾向も見られるようにはなってきているが、村などから始まった共同体意識が強い上に、地理的条件によって、外敵が少なかったせいもあると言える。この様に、日本とアメリカの例だけでも、歴史的経験が随分異なっているので、西洋と東洋という比較となると、もっと異なるところが指摘されるであろう。このように異なったところを、お互いに理解し合っていくのは、非常に難しいことであると同時に、新しい個性の発見の可能性をも秘めている。
おわりに
ここでは、西洋文化の構成について詳しく語れなかったし、東西比較文化についても、あまり触れられなかった。しかしながら、テーブル型のモデルを見て、読者が上記の歴史的概略や例を以前よりよく理解できたら幸いと思う。